古代から続くプロポリスの活用
●ミツバチの歴史は4200万年の昔にさかのぼります
ミツバチという生物がこの地球上に姿を現したのは、今から4,200万年も昔のことだといわれています。50万~100万年といわれる人類の歴史の遙か大昔にさかのぼります。
人類はその誕生の時からミツバチとともに生き、その恵みを利用してきたのだといえるかもしれません。
現在までに見つかった人類とミツバチの関係を記した最も古い記録は、紀元前7,000年頃の古代エジプト時代に描かれたレリーフや洞窟壁画です。そこには人間がミツバチの巣からハチミツを採取している場面が描かれています。
そしてこの時代には、プロポリスの持つ腐敗を防止する作用がすでに知られており、ミイラを作る時の防腐剤として、プロポリスが使われていたのではないかと考えられています。また人類最古の文明のひとつであるメソポタミア文明が遺した紀元前2700年頃の碑文のなかには、プロポリスが病気の治療に使われていたという一文があります。このようにプロポリスは遠い昔から世界のすみずみで、さまざまな効用を持つ優れた食品として活用されており、その神秘的な力は人類に共通の知恵として受け継がれてきたといえるでしょう。
さて、これらの歴史時代の記録のなかでは、もちろんプロポリスという言葉が使われていたわけではありません。例えば紀元前4世紀頃の古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、その著者である『動物誌』のなかで、
「清潔な空の巣箱をミツバチに与えると、彼らはあらゆる種類の花の汁液やヤナギ、ニレなどのようなヤニを出す樹液から出る涙(樹液)をとって来て巣づくりをする。他の動物の侵入を防ぐために、この物質を床にも塗りたくる。養蜂家たちはこれを、コンモーシス(上塗り)と呼んでいる。ミツバチたちはまた巣箱の入り口が広すぎれば、この物質で狭くする。この物質は真っ黒で、蠟の残りカスのようなものである。刺激臭があって、打撲傷や化膿したタダレに使われている」と書いています。
この記述からは、当時のギリシャではすでに養蜂家によってミツバチが飼われており、しかも明らかにプロポリスと思われる物質が、打撲症や感染症に使われていたことが分かります。
またこの一節からは、アリストテレスの時代にはプロポリスという言葉がまだ存在せず、「樹木の涙」とか「上塗り」というような名前で呼ばれていたことも分かります。
しかしこうした歴史上の文献にプロポリスについての記述が初めて現れた時代と、プロポリスという言葉が、元々ギリシャ語で「前」あるいは「防御」を意味する『pro』と、同じく「都市」という意味の『polis』が合成されてできた「都市を守る」という意味を持つ言葉であることを考えると、プロポリスはギリシャ時代に急速に広く使われるようになり、特にその物質を指す言葉が生まれるほどに一般化していったと考えられるのではないでしょうか。このギリシャ時代に書かれた書物のなかにはプロポリスについての多くの記述が残されており、有名な歴史家であるヘロドトスは、「プロポリスは主に軟膏として傷や潰瘍に使われていた」と書いています。
さらにプロポリスについて語られている有名な一節が、一世紀の古代ローマの将軍であり、植物学者でもあったプリニウス(23年~79年)が著した大百科全書『博物誌』のなかにあります。
プロポリスはここで、はっきりと「PROPOLIS」という単語(原文はラテン語)で語られています。
戦場傷の絶えない古代ローマ時代の兵士たちが戦場に赴くときには、必ずプロポリスを携行したといわれています。プロポリスの利用はこの頃からヨーロッパを中心に広がっていったと考えられ、中世の時代には既に世界中で、その効用が知られていたと思われます。
現在でも、プロポリスを民間療法的に使用している例は珍しくありません。
プロポリスには古代ギリシャ時代から現在まで、ヨーロッパから南米までの広い地域で人類が活用してきた歴史があります。








